ちゃんとしない!笑

久々のブログ♪♪

 

こんな些細なブログに目を通して下さる方がいるということに感動( 。゚Д゚。)日本て広いなー、と思う(笑)

 

今日は「ちゃんとしない」というお話Σ(゜Д゜)

 

自分はいつも「ちゃんとしないといけない」と思ってきた。何をやっても中途半端で思うようにいかなくて、諦めたくて諦められなくて。モヤモヤモヤモヤ…(´д`|||)

 

そこで、自分は自分に「ちゃんとする」という枷を踏めました!

 

するとどうでしょう?ちゃんとしたかといえば…、ちゃんとしようとはしましたね(笑)

 

結局ストレスでイライライライラ。体調は整わないし、自己嫌悪に陥るし、楽しくも面白くも嬉しくもない。ただ、巨大なモヤモヤした責任感に覆われただけ…。

 

自己肯定出来ずに、むしろ自己否定ばかり。

 

あげくの果てには、自分がこんなんだから上手くいかないんだ、周りの人を幸せに出来ないんだ、と思い始め、ますます自分へのプレッシャーをかける…。  

 

酷い…、一番の味方の自分を責めるという残酷さ!笑

 

そんなある日、もういいや、全部ほぼほぼ投げ出しちゃお、って投げ出してみる。(実際は投げた振りして紐で結んでら投げたフリだけ 笑)

 

とても恐くて、不安で、罪悪感に苛まれるし、でももう戻りたくはないし・゜・(つД`)・゜・

 

まぁ、そんなこんなで、今日まで来まして、まぁ結論(今のところ)としましては、「どうせどうやったって、自分は真面目なんだから、普通にしてろよ」ってことなんです(笑)

 

きっかけはいろいろあるのだろうけど、一番はある年上の方に、「最近、何事にも気が入らないんです…。」とちょっと話してみたところ、「君は真面目だし、きっとずーっとそのままだから、気にしなくて良いんじゃない?そんな時もあるよ。」と言われたことでした(゜ロ゜;ノ)ノ

 

え、何ソレ?ずーっとこのままなの?!でも、まぁそうか、元々真面目で一人でも良くて、でも学校とかでは真面目じゃ面白くないし人気出ないから、無理して真面目は悪いものだと思って不真面目やおふざけしてたけど、結局自分は真面目だった!笑

 

で、ようやく結論に到り、そうか自分は真面目だったんだ、と思い出し、真面目な自分を認めることにしたのです!。・゚・(ノ∀`)・゚・。

 

なので、もう「ちゃんとする」は辞めて、「ちょっとしない」ことにしました♪♪

 

ちょっと待って、それ極端じゃない?!と思われるかもしれませんが、待って下さい!お忘れかもしれませんが、どうせ私は真面目なんです!!笑

 

結局ついついやっちゃうんです!だから、無理にちゃんとしようと思わずに、自然体の中で、つい真面目が必ず出ちゃうので、そこは素直に愛そうと思うのです!!

 

誰に演説してるんだ?!笑( ̄□ ̄;)!!

 

今日のブログは無理に「ちゃんとしない」、でした♪♪

 

読んで下さった方ありがとうございます\(^o^)/

 

皆さんも益々ハッピーでありますように☆

 

 

爽やかな朝☆

爽やかな朝といいつつも、ちょっとぬわぁんとした空気(笑)

 

あー今日もジメジメして嫌だなぁと思いながら1日を過ごすのか、その中にある小さな爽やかな景色や空気、人々に気持ちを向けて過ごすのか。

 

いろいろな方のお話を聞かせていただいていると、皆さんいろいろなことがありますねぇ。自分も。

 

自分は時々、「あぁ、ようやくここまで来たかぁ」と思うことがあります。なかなか自分の思い通りばかりにはいかないけれど、一歩一歩山を登るように、自分を励ましながらの登山(のような人生)。

 

人は人、各々の課題を生きているので違いがありますよね。違いを認め合いつつも、同じ人生登山をする仲間として助け合いつつ、励まし合いつつ、各々のペースで登っていきたいですね。

 

きっと最後は素敵な最後が待ってます☆

 

みんなどんな課題と人生を過ごしていますか?もっといろんな方のお話を聞けるような機会を作っていきたいなと思ってます(^^)

 

自分も自分のペースで一歩づつ♪

 

今日もありがとうございます*

おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう♪♪

今日は知り合いの方の御葬式に呼んでいただき一緒に拝ませて頂きました。

その中で、お孫さん達が亡くなったおばあちゃんへお別れの言葉を伝える場面がありました。

何人かのお孫さんが一人一人お別れの言葉を伝えました。

おばあちゃんに良くしてもらったとか、口うるさく言われてよく喧嘩したとか。

自分も亡くなった祖父とは、本当によく喧嘩して、嫌いだと思ってました。

でも、今日のお孫さんが達のお別れの言葉を聞きつつ、孫はよく分かってないけれど、口うるさかったり束縛しようとしたり、全部愛情なんだなと深々と感じました。

何だか急におじいちゃん、おばあちゃんの気持ちが分かって、孫はやっぱり可愛いし、愛情をかけたいし、自分の思うように育って欲しい。愛情。みんな愛情。

時々、しばしば、間違った愛情の示し方をして孫を困らせるおじいちゃんおばあちゃんもいるけれど、確かに自分もきっとおじいちゃんになると、孫がいとおしくなるんだろうなぁ。

受け取り方。ボタンの掛け違いで起こる摩擦やすれ違い、そして喧嘩。

おじいちゃん、ありがとう。とっても口うるさくて、邪魔くさくて、嫌な思いをしたこともあるけれど、僕を愛してくれてありがとうね。感謝してるよ。

みんな、もっと互いに理解し合えると良いなぁ。

そんな1日でした(^^)

まとまってる?笑

ハッピーを広げたい*

いつかみんな自分を嫌いになる、と思っていた

自分は劣等感の塊で、昔から自分を認めることが出来なかった。

 

だから、恋愛でも友人関係でも、いつかみんな自分の元を離れていくんだ、と思っていた。そして離れていった。

 

いや、正確には離れていくように望んで振る舞っていた。そして自分は「ほらね、やっぱり」と思っていた。試していたのかな。なんなそんな記憶はある。

 

好きだ、本当は人が好きなんだ。でも嫌われるのが怖いから好かれないように振る舞う。

 

でも、周りの人達はみんな知っていた。自分がそんな人間ではないことを。人が好きで人を喜ばせることが好きな自分を。周りの人達は初めから知っていたんだ。

 

知らなかった、気付いてなかったのは自分だけ(^_^;)

 

もう認めよう、人に優しくしても良いし、時には素直に向かい合ったって良い。

 

知ってるんだ、どうせ隠してもみんな知ってるんだ(笑)

 

ありのままの自分、どんな自分も全部自分。

 

アイラブ自分(*´-`)

これで良いのだ!

心屋仁之助さんのブログ

執着を手放す、新しい方法


■執着を手放す、新しい方法|心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」Powered by Ameba

 

自分はこのブログを読んで、あぁ自分は片方だけを手に入れようとしてきたのだなと気付いた。

 

このブログの中にある、「片方だけは手に入らない」ということ。

 

確かに手のひらを手に入れたければ、ゴツゴツした手の甲ももれなくついてくる。

 

当たり前(笑)

 

お金への執着から離れようと思えば、貧乏を受け入れる。執着から離れたいけれど貧乏は受け入れない、は無理。両方受け入れる。

 

自分のことをふと考えてみると、真面目じゃなきゃいけない、モテないといけない、貧乏は嫌だ、などなどまだまだ執着の固まりだらけ。醜いもの。

 

でも今は、ポジティブじゃなきゃいけない、ポジティブじゃなきゃかっこよくない、ポジティブじゃなきゃ人気者になれない、こんな気持ちを捨てられそう♪♪

 

ネガティブは良くないからポジティブになろうと努力(思い込ませ)してきた。辛かった。無理やりポジティブなんで、心を引き裂くようで。

 

ネガティブもポジティブも良いんだ!だってどちらも自分だからね(^^)v

 

なんだからスッキリしない、モヤモヤする。これはきっといつかスカッと青空のように晴れる日がくるはず。

 

そう思っていた。

 

違う。モヤモヤした自分を受け入れたら良いし、納得してない自分をそのまま受け入れたら良い。

 

手放すとは受け入れること。こうじゃなきゃいけないっていう執着を手放して、いろんな自分を受け入れてみる。カッコ悪くても醜くても、優柔不断でも大丈夫!

 

全部自分だもん☆

 

ありがとう、すべてにありがとう。

 

みんな傍にいて良いよ。

 

ありがとう。

今まさに勉強中

今週のお題「テスト」

試験はないけれど、今密教曼荼羅の勉強中✏️

あるお経本の中に、「空」「無相」「無願」を突き詰めるとそこに「光明」がある、顕れる、という言葉がある。

一つには深い瞑想に入った時に、一筋の光明が顕れると。

日常生活も同じで、願いも想いも捨ててただひたすらに行うことで、「光」が見えると。

見てみたい。時に「光」(希望)が見えてはまた隠れる。

隠れているものを見付け出すには、探さないこと。ただひたすらに「行う」時に、また見えてくる。

必ず見える!隠れているだけ。

さとればすべてが「光明」に見え、すべてが真理であることを体得して、真理のままに生きられる。

実践あるのみ。

幸せ、自分はとても幸せ☆

「条件」を捨てる

昨日昔付き合っていた人と久しぶりに連絡を取ることがあってしばらくやり取りをしていた。

 

向こうは結婚をして幸せに暮らしている。自分は独身。もちろん幸せであることを心から祝福しているし、これからも益々幸せであって欲しいと思う。

 

ふと、思えば、自分は常に「条件」で相手を見てきた。恋愛に関わらず。そして、目の前にあるものを大切に出来なかった。

 

後悔はしていない。それはその時に自分なりに選択して決めてきたから。

 

ただ、もう許してあげても良いのかなと思う。自分を。相手を傷付けてきたし、自分も充分に傷付いてきた。

 

もう許してあげよう。そろそろ「条件」を手放してありのままを受け止めて楽しもう。

 

一事が万事。恋愛や結婚だけではない。今まで拒んできたことも素直に受け止めよう。大丈夫、今までもやってこられたし、これからもやっていける。

 

自分は常に自分の味方。どうあったって常に一緒。

 

さようなら、今まで自分を縛り付けてきた数々の「条件」。そしてありがとう、今まで自分を守ってきてくれた数々の「条件」。

 

ありがとう。